作演出の高木です。
往復書簡の往路3通目、書いてみまーす。
鹿渡さま
お返事、興味深く読みました。
『予想を超えた出来栄えにブルブル震え、「きっとくる、きっとくる、きた〜!」』って!
臨場感に笑ってしまいました。
私の頭の中で、その鹿渡さんの姿が、劇画調アニメーションで展開されましたよ!
雨にもマケズ的観察、コントロールしようとしないこと、共感することばかりです。
人も作品も、良い方向へと変わる瞬間に場所に立ち会うこと……本当にそうですね。
それこそが、同じ場所に集まって目の前で生の人間を見る「演劇」の面白さですね。
『「無→有→無」の意識の変換活用』というのも、興味深い点です。
私の演出の特徴として、まずめいっぱいの状態にしてから潮がひくようにザーッと削いでゆくのですが、なんだか共通点を感じました。
さて、質問いただきました!
【Q.充子さんは、演出家が適性だと伺いましたが、「今も女優として舞台に立ち続ける理由はなんですか?」】
「演出家が適性」かあ~。
実は、これは自分では正直、よく分からないんです。
ただ、そう言っていただくことが時々ありまして、そうかな~そうかもな~と思っているというくらいです。
むしろごく個人的には、自分があまりにも細かすぎるし心配性すぎるし切り替えが不得手なので、ほんとの意味では「適性」ではないんじゃないかな~と思うこともしばしばです。
ただ、「作」より「演出」のほうが適性であるとは思います。
作と演出って、兼ねる人が多いし、『同行二人』では私も兼ねているわけですけれども、これは自分としてはレアケースだと思っています。
作と演出はほんとに違う仕事なので、そういう意味では、だんぜん、私は「作」よりは「演出」が適性であるとは思います。
それから、今も舞台に立ち続ける理由ですね。なぜ俳優を続けているのか。
まずは、俳優として参加させて下さる現場があること。
決してコンスタントに活動を続けているわけではない私を、ふっと思い出して、「やろうよ」と声をかけて下さる、本当に、本当に深く感謝しております!
それからもちろん、自分がやりたくてやっています。
俳優をするのも演出をするのも、私にとっては、演劇をするという点では同じことなんです。
しかし、それぞれが全く異なる仕事なので、交互に本気でつとめることは、その後どちらをする時にも良い効果をもたらすと思います。
一方をつとめているとき、もう一方の仕事がはっきりと見えますし、それは同時に、「今はその役割にいない自分がその時すべきこと」がよりはっきりと見えるのです。
ですので、私は俳優と演出は同時にはやらないようにしています。
前回のお手紙では演出をしているときの視点を書きましたので、俳優をしているときの視点を少しだけ書いてみますね。
当たり前のことですが、俳優をしているときは演出的な視点をすべて捨てます。
その作品の演出家にすべて預けて、全幅の信頼を寄せます。
そうして、演出家のオーダーに応えつつ、ただそこで、自然に、主体的に、生きていることの難しさ。別の人間ですから、当然好みが違います。常識が違います。良しとすることが違います。それがいいんです。
違うものを受け入れた上で、主体的に生きるしぶとさ。Yes, and... の考え方ですね。
俳優としてこの苦しさと喜びを積み重ねることは、俳優としてはもちろん、演劇全体に関わる上で欠かせない経験になると思っています。
なので、今後も、機会がある限りは、どちらかにこだわらず、できればどちらも、つとめていけたらいいなあと思っています。
幸運にも、現在まで両方をつとめさせていただき、本当に、ご覧下さるお客様、関係者の皆様に、深く感謝しております。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!
ああーまた長くなっちゃったあー。
ちょっと真面目に書いてしまって、恥ずかしい!
それでは、質問です!
【Q.多忙をスマートにこなす印象のある鹿渡さん、意識の切り替えのコツや良い方法などありましたら、教えてください!】
高木
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